Filed under: Uncategorized — cova @ 20:00
京都の中心部、四条烏丸の銀行が相次いで解体されると報道されています。旧住友銀行京都支店と東京三菱銀行旧京都支店なのですが、そのうち旧住友銀行は既に解体が始まっています。
- 旧住友銀行京都支店
- 設計: 長谷部鋭吉
- 1905年(明治38)6月
- 経過:
昨年11月 日本建築史学会が、同支店で営業が行われていないことに気付く。 → 自動預け払い機(ATM)だけの営業に切り替る。 → しばらくするとATMも閉められる。 → 解体用の足場が組まれる。 → 11月30日 日本建築史学会が三井住友銀行に対して同支店の保存と活用に向けた要望書を提出。 → すでに所有権が移転しているとの回答(大阪市内のデベロッパーに売却されていた)。
明治39年6月にできた日本銀行京都支店はきちんと保存されていますが、三井住友銀行の場合は配慮されずに解体されています。違いが大きいですね。
- 東京三菱銀行旧京都支店
- 設計: 桜井小太郎
- 1925年(大正14)10月
- 経過:
阪神大震災直後、耐震検査。阪神大震災クラスの地震に耐えられないと判定。 → 1998年10月21日、日本建築学会が東京三菱銀行に要望書を提出。10月22日、京都市にも要望書を提出。 → 2004年6 月、東京三菱銀行は日本建築学会に建て替える方針を説明。耐震性の問題をクリアできないと判断。 → 昨年末、解体を決定。
なお、東京三菱銀行は建替計画で、旧支店が持つ石柱や外壁などを新しいビルに継承するとしています。1階部分には歩行者用のピロティを設け、商業店舗を配置する予定です。
因みに、桜井小太郎は三菱銀行本店(東京 1922.03)も設計しています。
京都にとって四条烏丸はビジネス街の中心と言ってよいのですが、長い時を経て性格付けられ、またその機能が浸透してきました。都市京都の背骨が損傷しては今後の都市活動に影響を与えるのではないかと心配されます。例えば、銀行を始めとする金融機関や大企業の本社支社の機能が副都心へ移転し、これまでの都心が空洞化してしまうような事態です。ただでさえ、町屋が取り壊され、その跡地が駐車場として利用されることが多く、新しく建てられても新興地の住宅ようなものだったりして、街並が無残な姿に性急に転換されつつあるのを目の当たりにします。私有地私有物と言えども、もっと地域に対する配慮を示して欲しいものです。 [従来路線]
東京三菱銀行の建替え計画の説明にあるように、銀行はテナント収入が欲しいのでしょう。京都の烏丸の場合は、ビジネス街の中心でもありますが、商業地としての可能性も間違いなく高いわけで、これまでの厳めしい建物では転用も困難とあっさり見限ったと、そんなところでしょうね。
となると、何故残さなければならないか、という話よりも、その建物を残しておいても十分に収益が上がりますよ、という企画が欲しいに違いないのです。その際に銀行の業務機能を移転させることになっても構わないはずです。もし、高級ブランド店をテナントとして呼ぶことができるなら、喜んで店舗を提供すると思われます。銀行建築では、小部屋をあまりつくらずに、できる限り大きな部屋を業務室にあてるので、そんな企画も十分に可能かと、思うところです。店舗の内装を変えると、客の印象が一新されることがあるのは誰もが納得するでしょう。照明をじゃんじゃんつけて、ガラスをきらきらさせたりしたら行けるんじゃないでしょうか? [企画提案]
Filed under: Uncategorized — cova @ 19:03
地中海沿岸の文化財についてニュースが相次いでいます。
●トラヤヌスの浴場下からモザイク発見
ローマ市は17日、トラヤヌス帝の浴場の下層、地下13メートルの古代ローマ遺跡から、モザイク画が見つかったと発表しました。廊下とみられる遺構の壁にあり縦2メートル、横3メートルとのことです。
大きな籠で葡萄をを収穫する男、葡萄の実を踏む三人の男、空に向かって笛を吹く男がネット・ニュースの画像で確認できます。使われている色には、赤、黄(黄土)、緑、白があるようです(画像から推察)。
トラヤヌスの浴場 Terme di Traiano は、エスクィリーノの丘 Esquilino にあります。1998年にはフレスコ画が見つかったところで、現在は公園として使われている一帯にあります。ネロ帝の黄金宮殿 Domus Aurea の上に建設されています。
●ベリスクがエチオピアに返還へ
1937年にエチオピアの古都アクスムから持ち去られていた古代のオベリスクが68年ぶりに返還されることになりました。返還されるオベリスクは、約2000年前に作られた、高さ約24メートル、重さ約160トンのものです。
イタリアは大戦終結後の1947年、返還を約束していましたが、2002年5月、オベリスクの最上部が落雷で破損し、エチオピア側が改めて返還を求めたことで事態が進展し、今年前半にも空輸される見通しとなりました(エチオピア大使が14日語る)。2003年11月にクレーンで解体されており、現在はローマの国際空港で梱包され保管中だそうです。
●ルクソールのカルナック、ルクソール両神殿崩壊の危機
ルクソールにある古代エジプト新王国時代(紀元前16世紀-同11世紀)のカルナック、ルクソール両神殿が、地下水位上昇による浸食と塩害で崩壊の危機にあるため、エジプト政府が大規模な排水工事に乗り出すと報道されています(16日発表)。
人口が急増した周辺住宅街からの家庭排水などにより、急速に地下水位が上昇したことが大きな要因のようです。また、1970年のアスワンハイダムの完成で洪水が減り、その下流にある両神殿周辺の土中に塩分がたまりやすくなったことも影響しているようです。列柱の土台が腐食する被害が出ています。
計画では、神殿周辺の地下に排水パイプを敷設して地下水を集め、新たに建設する浄水施設で処理した後、ナイル川に流すことになります。被害を受けた遺跡部分の修復は、排水処理施設工事後の着工になる模様です。
Filed under: Uncategorized — cova @ 18:09
イングランドのケンブリッジ大学の建築学部が廃止の是非を問うて匿名投票を実施したと報道されました。結果として、残されることになったものの、教員17人の内6人に対して早期退職が求められています。どうやら、2001年と2003年に教育の質を疑問視するリポートが公表されていたようです。
報道をみる限り、他の学部または外の大学の人にも判断を問うたように受け取られます。我が国と比較して、大学教育に透明性があるようで羨ましい限りです。それも、現職教員に早期退職を求めるなんて、なんて思い切った提案なのでしょうか。日本でも、私学で結構ですので、見習って導入して欲しいと思います。検討すべき大学が何処にもない、なんてことはないでしょう。大学教育の質を上げようと思えば、かなりの人が問題だと考えている一部の教員を排除するのが尤も効果的ですよね。また、どこかでそんなことがあれば、建築の学会全体にいい刺激になるのではないでしょうか。
Filed under: Uncategorized — cova @ 23:45
建築雑誌の新作紹介に添えられる設計者の文章には、得てして筋が捩れてしまってそれ自体では意味が理解できないものが見受けられます。「どんなものができたのか」を語るべきところなのですが、「どんなものを創りたかったのか」に論点が摩り替わってしまい、読者を困惑させてしまうのです。つまり、設計していた時の興奮から目を覚まして、自らの仕事を改めて客観的に見直すことができないというわけです。
時には、自己顕示欲や営業的宣伝で頭が一杯になっていて、その欲望を垂れ流しているのではないかと訝れる場合さえあります。そうした強い欲望に突き動かされて、文章構成が滅茶苦茶になっているのかと邪推してしまうのです。自己顕示欲が強いがために防御的武装に走る人は、よく横文字の概念や言葉を多用しますが、勢い余って抽象的、形而上的な領域に話が及ぶと、必要と思われる説明を省いて、その横文字言葉に溺れてしまい実態と噛み合わない表現に振り回されがちです。
こういった状況は、現代の造形作家全般によく見受けられることですが、それぞれの作家が体系化された方法論を失い、時流に感じるところを反射的に作品に注入することになります。その枠組が方法化され、半ば無意識に蔓延しているのが近年の「アート」市場でしょうし、建築の世界もその例に漏れません。
純粋な技術については、先鋭化した細かいものが無数に積みあがって作品に結実しているのですが、建築計画的な構造といった大きな枠組においては思い切った変化が期待できません。今は、そうした似て非なるものを創り出すことに専念して、そこに身を預けながら前へ進む態度がひとつの選択肢となるのでしょう。
Filed under: Uncategorized — cova @ 19:47
建築雑誌に紹介された新作を見ていると、プロダクト・デザインと手法がひどく似ている気がします。建築家の多くはガラスを主体とした函をデザインしていて、間仕切りのない広い屋内の使い方を、その使用者側に潔く委ねています。建築家も楽ですが、施主側も心配が少ないでしょう。根掘り葉掘り組織形態を訊かれるのは面倒で癪に障ることですし、折角それを教えたのに間違って受け取られたり下手に設計されるのは馬鹿げています。
当の建築家は “less is more” などと使い古された文句でお茶を濁しますが、むしろ「ユニヴァーサル・デザイン」の方が問題の核心に近いと思われます。多目的な函がそんなに使い勝手がいいものなのかという疑問から皆で目を逸らしている状態にあって、流動的で簡便な空間のスペクタクルを歓迎しているのでしょう。手の込んだ大小の細工がこれでもかと仕込まれた贅沢な空間、消し難い存在感を湛えた固有の場所、連綿と続く共同体の記憶をしまいこんだ建築とは対極の方向ではないかと考えられるのです。
それはそれとして、意匠の上で気になるのは、エントランスのカモフラージュ傾向です。ファサード全体が均質になっているので、ふと気がつくと入口を探していることが多いのです。透過的な建築を目指した設計になっていて、ガラスで隔てながらも建物の内と外が影響しあうのだとよく説明されますが、結果的にはむしろ中の活動を意識的に囲い込む設計になりやすいのです。つまり、予期せぬ侵入者は拒んでいるのです。
しかし、現在の状況においては、設計者の意識が格好のよさを求めて入口を象徴するものを消していく、そのことがファサード意匠に大きく作用しているのですから、その点について深く考えるべきでしょうか。設計者の個性、ユニークな感覚、全体的な印象として認識される個人の性向といったものが許容されない、そういう共通認識が想像されますが、建築家の心理状況で建築思潮を説明するのはあまりに難しいことのような気がします。