ささいな建築通信

2005/11/18

甘樫丘東麓遺跡(奈良県明日香村)で建物跡出土

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奈良文化財研究所の発表(2005.11.13)によると、奈良県明日香村の甘樫丘東麓(あまかしのおかとうろく)遺跡で、掘立柱建物5棟や塀の遺構が出土しました。

今回の発掘は国営飛鳥歴史公園の整備に先立ち、約725平方メートルが調査されたものでした。甘樫丘の東側のふもとの起伏の激しい場所を大規模に整地していたことがわかったほか、直径20〜30センチの柱穴が20個以上見つかりました。建物は南北10.5メートル、東西3.6メートルのものなど、いずれも小規模で、全容や用途は不明です。塀は長さ約12メートル分が出土しており、周辺には幅0.8〜1メートルの溝が見つかり焼けた石や土、炭が出てきています。土器も出土しており、7世紀前半のもの以外に7世紀後半のものも見つかりました。

日本書紀によると、蘇我氏親子は644年に甘樫丘に家を並べて建て、蝦夷邸が「上の宮門」、入鹿邸が「谷の宮門」と呼ばれました。邸宅は城柵で囲まれ、また、門のそばに武器庫があり、武装した兵が警護したと記されています。

甘樫丘は、飛鳥板蓋宮や飛鳥寺を見下ろす場所にあります。過去に六回調査されており、1994年に今回の調査区からわずか約三十メートルの谷地で七世紀中ごろの焼けた壁土や建築部材が大量に出土しています。焼け土の層は近くの尾根を取り巻くように広がっており、尾根上にあった蝦夷邸が炎上し、一部が滑り落ちたとみられています。

今回の建物跡は蘇我入鹿邸宅跡の可能性が高いとみられていますが、調査担当の豊島直博研究員は「土器の年代幅を限定しにくく、調査面積も狭かった。」としています。和田萃京都教育大教授は、「見つかった建物跡は7世紀前半から半ばのものとみていいのではないか。しかし、建物規模が小さく、入鹿の「谷の宮門」だったとしても主要部分ではなく付属施設だろう。」とコメントしました。

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文部科学省 文化審議会 重要文化財の登録について答申 2005.10.28

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10月28日付で、文化審議会(阿刀田高会長)が文部科学省中山成彬大臣に国宝(建造物)1件、重要文化財(建造物)9件の指定と、重要伝統的建造物群保存地区 4地区の選定を答申しました。

  • 国宝
    • 東大寺二月堂(奈良市)
  • 重要文化財
    • 榛名神社(群馬県榛名町)
    • 和井田家住宅(埼玉県八潮市)
    • 旧渋沢家飛鳥山邸(東京都北区) — 実業家渋沢栄一の邸宅で、大正期の談話室「晩香廬(ばんこうろ)」と小図書館「青淵文庫」の2棟が指定
    • 旧磯野家住宅(東京都文京区)
    • 八ツ沢発電所施設(山梨県大月市・上野原市)
    • 古谿荘(静岡県富士川町)
    • 宇部市渡辺翁記念会館(山口県宇部市)
    • 四階楼(山口県上関町)
    • 江藤家住宅(熊本県大津町)
  • 重要伝統的建造物群保存地区
    • 加賀橋立地区(石川県加賀市)
    • 加悦地区(京都府加悦町)
    • 落合地区(徳島県東祖谷山村)
    • 塩田津地区(佐賀県塩田町)

中山文科相は答申通り12月にも指定・選定する予定です。答申通りに指定されると重要文化財は 2,286件(うち国宝 213件)、保存地区は 73地区になります。

情報源

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