はじめに


当サイトでは、建築関係の資料をネット上で整理することを目指します。 その作業にあたっては、歴史的な手法を用いる方針です。

何故、建築を理解するために、その歴史を学ぶ必要があるのでしょうか。 それは事物の関係を考えるのに歴史が有効と思われるからでしょう。 社会における自らの行為について判断を下すのに、 歴史的な観点が役立つことを、私達は繰り返し経験してきたのではないでしょうか。

建築には、設計者や利用者に意識されていなくとも、 社会活動や日常生活を規制する力があるとされています。 望むと望まざるに関わらず、建築は制度として働いていると言われることもあります。 見識を広く歴史に求めながら、建築における制度の形態、様相、原理、予測に習熟し、 制作活動にフィードバックすることは建築史を学ぶ大きな目標であるでしょう。

建築行為には、通常、多額の費用がかかり、 出来上がったものが組織の象徴や威信を体現することもしばしばです。 また、制作の諸過程で様々な要求が寄せられるために、 複雑を極めるプログラムが建築事業に課せられることが多いのも実情です。 そのために綿密にするべく苦心して計画が進められるのですが、 結果として表れる建築作品には多義的な側面があり、 様様な角度から解釈が可能なので、評価を下すのが難しいものです。

計画の諸課程における選択肢は多くあり、 それぞれに蓋然性があって判断に迷うところですが、 建築設計の中途にある各場面に絶対的な正解はないと思われています。 行為者に問われるのは作品の計画性であり、全体性、構築性で、 一つ一つの判断について途中段階で当否が問われることはありません。 仮の判断を与えて計画を先に進めることが必要であり、 その後、全体像が示される段になって初めて制作に対する評価が下されるのです。 この評価にあたっては専ら提出された作品だけが検討の対象にされます。 当初考えられていた仮の判断理由は、 結果として作品に表れていない限り、考慮されることはありません。 制作者が意識しなかった側面を含めて、作品によって語られる総てが対象とされるかわりに、 そこに無いものは評価されないのが原則なのです。 このようにして導かれる建築の分析結果は、 行為者のみならず社会全体で謙虚に受け取るべきものでしょう。 というのも、建築にはその時々の世相や社会意識、意識下の行動様式や体制が 往往にして表出されるものだからであり、 そのことがまた社会に影響を与えからです。

行為に対し評価が遅れてやってくる、 しかも、影響関係が直接的でない可能性もある困った事態の連鎖を整理するには、 時系列という物指が有効と思われます。 あるプロジェクトにおける各過程について考える時にも、 あるいは、多くの建築作品を一望する時にも、 時間軸にそって事柄を並べれば、建築行為の影響関係を把握するのに助けとなるはずです。 歴史という記録手段が、錯綜する情報の整理に有効であるということは、皆が知っている知恵でしょう。 この手段によって、建築を取り巻く様様な情報について整理することが可能なのではないでしょうか。 建築の範疇を踏み越えて、考察の範囲を広げることさえ考えられます。 時間座標が与えられた二つの事柄については、序列を求めることができる、 関係を語ることができるはずなのですから、異なる範疇にまたがる領域にも期待できるわけです。 そのような歴史的手法の可能性によって、作品の解釈が豊かになり、 建築の特性が明らかにされることを願っています。
[26 Sep. 2001]



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